『7時15分』
いつもより少しだけ蒸れた布団の中。
厳しい寒さが少し和らいだ2月下旬。
冬仕様の布団が少し暑く感じ始めた。
暑さを逃がすべく、窓を開け、空を仰いだ。
生暖かい風、その中で存在感を表す冷たい空気。
春らしい風が、春らしい匂いが、僕の鼻を刺激した。
変わりゆく季節の中で変わらないコロナの世界。
何をするでもなくすぎる日々。
そういえば、巷では河津桜が見ごろを迎えたと話題になっている。
「桜を見に行こうよ」
しばらく会えていなかった彼女を誘ういい口実ができたと思った。
そして、僕たちは桜を見に家を出た。
昼下がり。
優しい日が差し込む電車に乗り込み、旧中川桜並木を目指した。
「まだ桜なんて咲いてないでしょ」と疑い深い彼女。
「河津桜は2月下旬から咲き始めるんだ!」と意気揚々の僕。
何気ない会話も、春の日差しに包まれて、優しいものへと変わっていく。
そんな会話をしながら、河津桜が咲き乱れる旧中川へ到着した。
満開の河津桜を目の前に、
あれだけ疑い深かった彼女は少し悔しそうな顔をしながらも、
嬉しそうな顔を浮かべていた。
その顔を見て、自分の笑顔が桜から生まれたものではないと感じた。
他愛もない会話をしながら、遠くに見えるスカイツリーを眺めた。
青いキャンパスに描かれた総武線の黄色と春の桜色。
春を表現するには十分すぎる光景が目の前に広がていた。
緩やかに過ぎる時間。
強くなる日差し。
高い声で鳴くヒヨドリ。
春を迎えて嬉しいのは人間だけでなく、
動物も植物も同じなのだろうと、
楽しそうにはしゃぐヒヨドリをみて思った。
そういえば、朝鼻を刺激した正体は何だったのだろうか。
桜を前にしても、桜に包まれる彼女を見ても、
僕が感じたそれとは違う気がした。
優しい陽が、強い西日へと変わった16時30分。
目が少しだけ痒くなった気がした。
「関東では花粉が多く飛ぶでしょう」
今朝ニュースで言っていたことと、今の自分の立場が一致して、
ようやく鼻を刺激した正体を突き止めることができた。
花粉で視界が霞む中でも、
桜に包まれた彼女は美しく写った。
to be continued…